「力を抜こう!」のその前に
音楽の奏法を学ぶ中で一度は取り上げられるキーワードが「脱力」です。
「力を抜きなさい!」、「もっとリラックスして!」という言葉はレッスンでもしばしば聞かれると思います。
金管楽器でも奏法の流派(?)を問わず強調されるのがこの「脱力」。
何だかまるで「奥義」のように語られる脱力ですが、このキーワードに取り憑かれて奏法が迷路に入り込んでしまう人も少なくありません。
なかなか厄介な言葉でもあります。
実は、私自身も一時期徹底的に脱力に取り組んだことがあります。毎日だらーんと力を抜いて、お化けみたいにフラフラしながら(苦笑)テューバを吹いていました。
結果はと言えば、前置きからは意外かもしれませんが…確かにこれには一定の効果がありました。いわゆる「脱力」した状態で楽器を構え、力みのない息を使えると、音色は明るく明確になり、これは自分でも満足できるものでした。
ところが!
これがどうしてなかなか曲者で、それから「脱力の境地」(?)が長続きしないという状態から私は抜け出すことが出来なかったのです。
脱力していると明るい音色が作れるけれど、その音色で音楽を奏でようと「一生懸命」になると今度は身体のあちこちに力が入るのが気になって仕方ないというジレンマに陥ってしまいました。
同じような経験をされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。「力を抜こう!」というのは実は抜こうと思えば思うほど力みが気になりだして堂々巡りにはまりやすいアイデアです。
この問題にもアレクサンダー・テクニークのアイデアは活用出来ます。
「力み」と言われる状態は、実際は使う力が過剰であることを意味するものではありません。
「力の量」が問題なのではなく、具体的な「力の使い方」が不適切な時に「力み」が生じているのです。
適切な力の配分が実現されていれば力を思い切り使っても、それが奏法を妨げる嫌な力みとなることはありません。
いかにして力を抜くかより、いかにして適切なところに力を使うかを考えてみましょう。
次回、もう少し具体的に考えてみたいと思います(^_^)
コメント
コメントを投稿