「自分」を思い出して「相手」と会話してみよう
人の話を聞いている時、自分が相手に話しかける時、ついつい相手のペースやテンションにつられてしまって何だか疲れてしまったー。てあると思います。
私も電話、特に仕事など大事な用件の電話だとつい相手のペースに乗ってしまって話終わるとがっくりくたびれてしまうことがあります。
先日、相手の話を聞くこと、相手に話しかけることにアレクサンダー・テクニークのアイデアを使ってみるという実験をしました。
仕事の電話をしているという状況をイメージしながら身体の使い方を先生にレッスンしてもらいました。
まず相手に向かって話すということ。
これは単純にもっともっと少ないパワーで小さな声で話せるということが分かりました。囁くような、漏れるような息で話すと、なんだかモゴモゴしてしまうような気がしていましたが、やってみるとそんなことはないことが分かって驚きました。話す時、私はいつも必要以上のパワーで声を出していたのかもしれません。
これはアレクサンダー・テクニークを勉強するとよく気がつくことなのですが、日常生活の色々な場面で、私たちは意外と必要以上のパワーを使い「やり過ぎ」て疲れやすくなっているみたいです。
もちろんフルパワーで何かをやっていること自体が悪いということではないみたいですが、いつもより少ない力でやれるということがわかると自分の中で「違った選択肢」があることが分かり、自分の動き方の可能性が広がることが分かります。
これは言い換えると、「習慣と違う」やり方に気づくってことかと思うのですが、アレクサンダー・テクニークの勉強ではこのように習慣から一度離れてみる (「上手にやる」じゃなくてもいいところがポイント。上手にやろうとするとやっぱり習慣通りのやり方しか見えなくなる気がします。。。)体験を繰り返すことがとても大切なようです。
これはさっそくレッスン室を出ての普段の生活でも探求してみたいところです。
もう一つ。相手の話を聞く(そして返事をする)ということ。
これはとっても意外な発見がありました。私は、話をしたり聞いたりして疲れちゃうのはうっかり「相手のペースに併せて」聞いたり話したりしてしまうからだと思っていましたが、先生に質問したところ、「相手に併せる」でも「自分のペースを守る」でもどっちでもアレクサンダー・テクニークは使えるのだそうです。
どういうことだろう?と疑問と好奇心が浮かんだ所で実験。
先生と正面から向き合って、
1.初めはお互いの正面に立って、相手を見て相手と同じペースで鏡を見ているように同じように動いてみる
↓
2.途中から相手と全然違う動きで自分の好きなように動いてみる
↓
3.相手が自分の倍くらいの速いスピードで動き出しても自分は好きなようにゆっくり動いてみる
というちょっと不思議なコント(?)のような実験をしてもらいました。
やってみると、実は相手と同じように動くのは意外と簡単で、自分の好きなように動いたり、相手と違うペースで動く方が難しく感じました。
これは意外でしたが、じゃあ相手に併せてたほうが楽ちんなのかしらというとそういうものでもなさそうです。
併せないのも大変ですが、何しろ先生もパワフルに(!)動くので、あれに併せたらやっぱり大変そうです。
これは話を聞いたり返事をするのもきっと同じですね。相手のペースにホイホイと付いて回っていたらくたびれそうだし、まるで喧嘩しているように相手のペースから自分を守ろうとしても疲れそうです。
じゃあどうすればいいのでしょう。
先生がくれたヒントは
「頭と脊椎が自由な自分の身体全部で座っていることを思い出してから相手の話を聞いてみる」
でした。
(て、すみません。つい先日なのにもう先生がくれたキーワードをぼんやりとしか覚えてない!反省です。。。汗)
これを実践してみると、、
まず「自分」がどんと落ち着いて(威張っているじゃないですよ)椅子に座っている感じがしました。
それから
「相手」も身体全部で自分の前にいるということを思ってみました。(電話しているときも目の前に思い浮かべてみる)
電話で話をしている時って何故か相手の「顔と表情」ばっかり自分の中に思い描いてしまうのですが、そうではなくて、まるで目の前にいるように、自分と同じように身体全部で相手がいると思ってみる。
すると自分がどんと落ち着いて座っているのと同じように相手もどんと落ち着いて座っている感じがしました。
そうして電話で話しているイメージトレーニングをしてみると、それまでのイメトレの時のように、相手が自分のペースに干渉してくるような振り回される感じがしなくなってきました。
「相手に併せる」ことも「自分のペースを守る」ことも、振り回されながらではなくて同じように自由な自分の選択でできるように思えました☆
これは私なりに後から整理した理解なのですが、話を聞いたり話したりする時って相手のペースや相手の雰囲気はすごく注意して見て聞いているのですが、意外に自分がどんな風に相手の話を聞いているのかってすごく忘れてしまっている気がします。何しろ自分の話す姿は自分では見ることも聞くこともできませんから。(一方で、自分のことは忘れてしまうのに、目の前の相手のことを無視したり、目に入らないふりをしても、すればするほど相手の存在は大きく感じてしまいますね。。)
でもそうして「自分」を忘れてしまうと、選択する自由がなくなってしまいいつの間にかぐったりしているということになるのかもしれません。
まず「自分」を思い出してから相手と話すことで、いつも自分が選択する自由の中にいられる。
するともっとラクにのんびり会話することができるかもしれません。
ところで(ちょっと脱線しつつ)ここでも大事なポイントだと思うことを一つ。
アレクサンダー・テクニークのレッスンで「自分を観察する」とか「自分を思い出す」という時は自分が上手くやっているかチェックする必要はありません。
というかチェックしてはいけないようです(私はまだまだつい「これでいいのかな??」とチェックしてしまう時が多いです。。)。
自分が上手にやっているか監視するような目で見てしまうと「正しさ」の方を目指してしまって「自由さ」を忘れてしまうようです。これでは逆効果なんですね。。。
以前別の先生に
「自由になるためのワークなのに、頭と脊椎がちゃんと自由な関係にあるかなーってチェックしているうちに自由さがなくなってしまいますよ(笑)」
と言われてなるほどと思いつつ苦笑いという経験もありました。
アレクサンダー・テクニークで自分を観察する時はただ「どうなるかなー?」(これが先生の教えてくれた私もお気に入りのキーワードです)という探究心だけを持って、正しさのことにとらわれずに観察することが必要です。
でも、これがなかなか難しい。
私たちは学校や職場で、「学ぶ」=「上手くなる」という図式をとても深く刷り込まれていると思います。
アレクサンダー・テクニークを学ぶ上では、大変逆説的なようですが、この「正しくやる」「上手にやる」を一度手放してあげることがとても大切なようです。
私が今一番難儀しているのもずばりこの点!!
やっぱりまだまだ道のりは遠いようです。
脱線してしまいましたが、「自分」を思い出して相手と向き合ってみる。私もあちこちで実践してみたいと思います!
そんなわけで、引き続きゆっくりのんびりと修行中です。


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