未来のためではない今を選ぶ
先日、アレクサンダー・テクニックの学校でトレーニー仲間と話していた時のこと。
「順調に単位が取れても、先生になるには○年かー」
という自分の何気なしの一言で、思わずはっとさせられました。
当たり前のように、遠い目をして口からでた言葉でしたが、その発言の背景にはトレーニング・コースを「終わらせる」ことばかりにとらわれている自分の視点があることに気づかされたのです。
その時の自分を振り返ってみると、
「いいアレクサンダーの先生になりたいから頑張らなくては。大変なこともあるだろうけど頑張るぞ。でも○年もかかるのかー。大変だな」
という、いつの間にか当たり前のようになっていた自分の思考パターンに陥っていて、それをいえば私にとっては、学校の勉強も、仕事も、そして音楽の練習も、全部
「○○したいから頑張るぞ。頑張らなきゃ」
っていうパターンでした。
ちょっと思い切った言い方をすると、これって未来の自分、未来の望みのために、いつも今ここにいる自分を犠牲にするって発想ですよね。。
将来と現在のトレード・オフになってしまう。
私に限らず、沢山の人にとって「夢」や「努力」の関係ってきっとこういう図式だったろうし、実際そうやって叶った夢が私にも沢山あります。
でも、アレクサンダー・テクニックを学ぶ道程ってきっとこういうことじゃない。
「アレクサンダーを極めるために」
とか
「いい教師になるために」
とか、望みを持つことも大切だけど、そのための我慢するプロセスではなくて、ましてや終わらせるべきタスクなどではなくて、そこに行くまでの「実践」であり「探求」として、楽しみながら学びを重ねなくてはいけないんじゃないか。そしてもしかしたら、そうやって今、ここにいることを大切にしながら探求することって既にアレクサンダー・テクニックを「使う」ことでもあるんじゃないかなとふと思いました。
これは流石に飛躍しすぎかな(^_^;)
でも、本当に、私達はこの、将来と現在のトレード・オフとしての夢や努力の在り方にとても馴れている気がします。それは決して、完全な間違いではないけれど、そういう「努力」をしている時は、将来や夢にだけ心がびっしりと張り付いてしまっていて、今自分がやっていること、感じていることの豊さに気がつかないこともとても多い気がします。
と、書いてきて気づいたけど、そっか、こういうプロセスに陥ることを戒めてEnd - Gaining という言葉があるのかなと思いました。。
そして、そんな風に望みや夢にばかり心が張り付いてしまっているところに少しスペースを与えることをアレクサンダーはInhibitionと呼んでいたのかなと思いました。
これもちょっと違うのかな。。いや、でもレッスンで先生が仰ってたのはこういうことだった気もする。。うーん(^_^;)
勘違いもあるかもしれないけれど、何だか少し、アレクサンダーの言葉を自分の言葉に置き換えられたような気がしました!
夢や望みのための犠牲ではなく「今」を大切に過ごすこと。こういう生き方がアレクサンダーから学べるのかどうか、正直まだ分からないけれど、それを自分自身で探求することはとても沢山の気づきをくれるかもしれない。
私にとって「アレクサンダー・テクニックを学ぶこと」の中身がほんの少しはっきりしてきた気がします!
というわけで、まぁ結局は今まで通りなのだけど、頑張り過ぎずに引き続きのんびり参ろうか!と思う次第なのでした(^_^)


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