学ぶことを助ける
先日アレクサンダー・テクニックの学校BODYCHANCEにて、来日したグレッグ・ホルダウェイ先生の授業に初参加しました!
噂に違わず非常に博識な先生で、授業の内容が大変濃厚でしたが、それ以上に印象的、というか素敵だったのが終始笑顔の絶えない大変フレンドリーなお人柄で、初対面の生徒もいることが信じられないくらい、あっという間に教室を親密な雰囲気で包まれてしまったことには本当に驚かされました。
そんなグレッグ先生のクラスで、私も早速一つ、素敵な笑顔と一緒に大変嬉しい体験をさせてもらえました。
午前中のレッスンも中盤にさしかかり、休憩の時間になったときのこと。生徒さん達がコーヒーを楽しまれている中、実はずっと質問してみたいことがあった私は思い切ってグレッグ先生の所に行って質問(というか相談?)をぶつけてみました。
「アレクサンダー・テクニックの『首を自由にする』というプランに取り組もうとすると、私はついやりすぎて首が却って強ばってしまう。やりすぎていることが原因なんだろうなということは何となく分かっているし、これは誰しもが通る道だということは他の先生にも言われて分かっているつもりだけれど、やっぱり不安であったり心配であったりもする。コントロールしすぎないで『首を自由にする』ためにはどうしたらいいものでしょうか?」
休憩の時間に先生を捕まえるというのはやっぱり行儀が悪い気がしましたし、きちんとレッスンで質問の時間もいただけていたのですからそのとき手を挙げるべきだったのですが、白状すると、
「こんな初歩的なことを質問してはいけないんじゃないか?」
「こういうことは自分で考えるべきで先生にあれこれ聞いても仕方ないんじゃないか?」
という思いがあって、なんだか萎縮してしまっていたせいで手も挙げられず、かといってせっかく先生がいらっしゃるのにという思いといったりきたりしたあげくに思い切って図々しくも休み時間の先生を捕まえてしまったのでした。。。
拙い英語に、なんだか緊張してビクビクしながらしゃべってしまった私の話を最後まで笑顔で聞いてからグレッグ先生が仰ったのは
「それは君が自分で探求するしかないことですね。その答えを見つけることがアレクサンダーを学ぶということなんですよ。」
というお言葉。
やっぱり、そりゃそうだよなぁと頭の中でため息をつきかけてしまった私でしたが、その後に続いたのは私が思ってもいなかった言葉でした。
「だけど、そのための手伝いを僕がしてあげることはできます。君が学ぶことを助けることがティーチングというものなんですよ。一緒に探求してみましょう。来て。」
そういってグレッグ先生は休憩時間にも関わらず満面の笑みで私と一緒に教室に戻ると、とても熱心に私が「歩く」というアクティビティを通じて、自分の頭に足がついてくる(言葉で説明するのは難しいのですが、アレクサンダー・テクニックの原理では、身体は動かさなくても動いてくれるものなのです。)ことを探求するサポートをしてくださったのです。
レッスンの内容がとてもユニークで意義深いものであったのは言うまでもありませんが、それ以上に私にとって嬉しかったのは「教える」ということが人の「学びを助ける」ことだとグレッグ先生が教えて下さったことでした。
私自身が教師として学習に接する時を振り返ると、私は生徒が自分の力で自分の課題に取り組むことを求めるあまり、ついつい「まずは自分の力で取り組んでごらん」と言って、ちょっと極端な言い方をすると突き放してしまうことがあります。そうして自分が生徒として学ぶ側に立つときもついつい
「先生に甘えてはいけないぞ」
と自分を戒めることが多くなっていました。
自分の力で学ばなくてはいけない。先生に頼っていてはいけない。
いつの間にかそんな風に頑なに思いこんでいた私にとってグレッグ先生の言葉はとても新鮮で嬉しいものでした。
「そうか。先生に助けを求めても良いんだ!教えるって助けてあげるっていうことだったんだ!」
考えてみると当たり前のことのようですが、そんなことをすっかり忘れていた私の心に、グレッグ先生の笑顔と一緒にもらったこのシンプルなメッセージはまるで、「魔法の言葉」のように響いて、その日の残りのレッスンの間、私はすっかり嬉しくなってしまいました。
アレクサンダー・テクニックということだけではなくて、教師としても生徒としても、学びについてとても素晴らしい気づきをもらえた経験でした!
まだまだ先のことですが、私もいつか、グレッグ先生のように生徒の学びを「助ける」ことができる教師になりたいなと思いました。
グレッグ先生ありがとうございました(^^)


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