「難しい」を読み解こう
先日のアレクサンダー・テクニックの学校でのレッスンで、アクティビティを探求している時に私が何気なく使った
「◯は難しいですね」
という表現について先生から
「難しいを他の言い方に言い換えられないかな?」
と問いかけられてハッとさせられました。
「難しい」
という言葉は私達がとても頻繁に使ってしまいがちな
「評価」
の用語ですが、実はこれはとても主観的で、ひょっとしたらアレクサンダーが戒めている「感覚的評価」と同じくらいアテにならない評価の形かもしれません。
考えてみると、私達は大人になるにつれて、子供にとっては
「難しい」
行為でも実に簡単にこなしているという場面が結構あります。何しろ
「二本足で歩く」
ことさえ実は生まれたばかりの赤ん坊には
「難しい」
ことだったはずですから、客観的、絶対的に「難しい」行為というものはなくて、ある人にとってある状況下においては「難しい」と感じられるという経験があるだけのはずです。
でも、これをあたかもいつでもどこでも誰にとっても
「難しい」
と言ってしまうことが私達にはとても多い気がします。
「この曲は難しいんだよー!」
とか私も何度も言った覚えがあります苦笑
とても逆説的な話ですが、実はこんな風に
「難しい」
という評価を行為に貼り付けてしまうことで、私達は実際に何かを行う前に
「難しいと感じる、困難を覚える準備」
をしてしまっているのかもしれません。
それに、この
「難しい」
という評価には具体的なメリットが実はあまりありません。
本当は単に「難しい」のではなくて、いつもと違うやり方をしなくてはいけないだけだったり、いつもよりゆっくり手順を探らなくてはいけないというだけだったりするのに、
「難しい」
という評価で終わらせてしまうと、その行為に必要になる膨大な情報がごっそり抜け落ちてしまいます。
(同じ意味で「こんな曲簡単だよ!」と濫りに言ってしまうことにも問題があるかもしれません)
「難しい」というブラックボックスのような評価に投げ入れてしまう前に、何が必要なのか、何が不要なのか、それを自分で読み解いて、選択して行為するというプロセスにはアレクサンダー・テクニックがとても役に立つように思います。
具体的には
「この曲、このフレーズは難しい」
という代わりに
「この曲を演奏するにはプランが必要だね」
と言い換えてみてはどうかというアイデアを先生がくれました。
これはとても楽しそうでワクワクする課題になりそうです!!^^
ちょっと技巧的な運指を求められる曲や、高音域、低音域の発音を多く要求する曲など、「難しい」という前に立ち止まってみると発見がありそうですね。


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