「視界」と「気づき」を広げる
「自分の周りも意識に入れてみて」
というのもアレクサンダー・テクニークのレッスンで良く聞かれる言葉です。
楽器の演奏や、大切な仕事・作業に取り組む時私たちはしばしば「集中」と称して自分の意識と周囲との繋がりを断ち切ってしまうことがあります。
気をつけたいのは、こうして自分と「周り」を断ち切って集中する時、私たちは同時に自分の「身体」との繋がりも失いやすいということです。
私の経験ですが、楽譜を見ないで演奏するとラクに吹けるのに、「楽譜を見る」と途端に(!)身体が固まってしまうことがあります…。自分でもこれには気づいていたので、苦手な楽譜はできるだけ暗譜してしまおうというのが私の作戦でしたが、なかなか大変ですね(>_<)
アレクサンダーのレッスンを受けるようになってから、これは楽譜だけに「集中」することで、自分が楽器を吹くために働きかける身体との繋がりが途切れてしまうためかもしれないと思うようになりました。
先日、本を読む時の目の使い方を見てもらった時のこと。先生のアドバイスで、目には文字だけではなくてその「周りも」同時に見えていることを思い出してみると、目だけではなく自分の身体全体、椅子に座る脚や本を支える腕も本を読むという行為に参加していることが分かりました。逆に、文字だけに目が絞られている時は脚も固めて、息も止まっていたようです…。
楽器を演奏する時も然り。
「さあ吹くぞ!」
という気持ちだけに集中して、しばしば身体を忘れて不必要に緊張させていたことに気づけるようになりました。
身体を不必要に固めず、自然に呼吸を許してあげるとラクに繊細に楽器を吹けるようになります。楽譜を見る時、楽器を演奏する時も自分の「視界」を少し広げてあげると「気づき」の範囲も同じく広がります。
皆さんもぜひ楽器を持って試してみてください(^_^)
というのもアレクサンダー・テクニークのレッスンで良く聞かれる言葉です。
楽器の演奏や、大切な仕事・作業に取り組む時私たちはしばしば「集中」と称して自分の意識と周囲との繋がりを断ち切ってしまうことがあります。
気をつけたいのは、こうして自分と「周り」を断ち切って集中する時、私たちは同時に自分の「身体」との繋がりも失いやすいということです。
私の経験ですが、楽譜を見ないで演奏するとラクに吹けるのに、「楽譜を見る」と途端に(!)身体が固まってしまうことがあります…。自分でもこれには気づいていたので、苦手な楽譜はできるだけ暗譜してしまおうというのが私の作戦でしたが、なかなか大変ですね(>_<)
アレクサンダーのレッスンを受けるようになってから、これは楽譜だけに「集中」することで、自分が楽器を吹くために働きかける身体との繋がりが途切れてしまうためかもしれないと思うようになりました。
先日、本を読む時の目の使い方を見てもらった時のこと。先生のアドバイスで、目には文字だけではなくてその「周りも」同時に見えていることを思い出してみると、目だけではなく自分の身体全体、椅子に座る脚や本を支える腕も本を読むという行為に参加していることが分かりました。逆に、文字だけに目が絞られている時は脚も固めて、息も止まっていたようです…。
楽器を演奏する時も然り。
「さあ吹くぞ!」
という気持ちだけに集中して、しばしば身体を忘れて不必要に緊張させていたことに気づけるようになりました。
身体を不必要に固めず、自然に呼吸を許してあげるとラクに繊細に楽器を吹けるようになります。楽譜を見る時、楽器を演奏する時も自分の「視界」を少し広げてあげると「気づき」の範囲も同じく広がります。
皆さんもぜひ楽器を持って試してみてください(^_^)


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