ただ受け入れるために

たまには楽器から少し離れつつ、けれど音楽に繋がりそうなお話を(^_^)

先日のアレクサンダー・テクニークのレッスンで、以前から興味はありつつちょっと怖い気持ちもあって挑戦できなかった
「鏡を見る」
というアクティビティをレッスンしてもらいました。

私はどうも鏡を見るのが苦手で、鏡を見ると殆ど一瞬で
「自分の嫌いなところ」
を探しにいくという自分の反応に気がついていました。

この反応はどこで「身についた」のか、それは分からないのですが、レッスンで得られたアイデアは
「ただ見る」
ということ。

本質的には鏡と自分の関係が問題なのではなくて、自分が世界を「見る」という動きそのものに習慣が隠れているようなのです。

というのも、レッスン中に気づいたことですが、鏡に限らず、どうやら私は他人と目が会う時
「この人は自分のことをどう思っているのだろう」
という恐怖をいつもどこかに挟み込みながら周りの世界を見ていたようなのです。

「見る」ためには、目に光が入ってくることを、まぶたを開いてただ情報として受け入れれば良いだけのはずですが、私はただ見るのではなくて、まるで「危険なもの、怖いものを探す」ように世界を見ていました。

受け止めた情報に対して恐怖や緊張からの「不必要な評価」を付け足してしまうのですね。

この自分の反応に対して「ただ見る」にはどうすれば良いのか?

まだ正解のようなものは見えないのですが、一つ手応えを感じたのが一瞬でも自分に「スペース」を与えてあげるということです(^_^)

見る、聞く、読む、どんなことでも自分が情報に接する時に何かを批判したり、評価したくなってしまう反応に一瞬で良いから「待った」をかけてやる。

そしてそのためには、シンプルに
「首は自由で頭が動ける」
ことをその瞬間に思い出してみるのです(^_^)

これだけのことですが、アレクサンダーの重要な原理である「抑制」がここにはやっぱり関わっているように思えます。

音楽に触れる時も、私達はついつい「良し悪し」を分析するように、評価するように聴くことに馴れてしまっているかもしれません。評価を挟まずにただ自分や周りの音楽を聴いてみる。。

これからもっと探求してみたいテーマです!

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