感覚評価はあてにならない〜②

前回の記事では
「感覚評価はあてにならない」
という考え方について、①私達の身体感覚は損なわれている、②感覚は時間的に行なった運動の後に起こるフィードバックなので運動のガイドには使えないという視点を紹介しました。

今回は、そもそも「感覚評価はあてにならない」なら何をあてにすることが建設的なのかを考えてみましょう。

端的に言えば、感覚に代えて、アレクサンダーが私達の動きの指示の中心に置くべきと考えたのは「筋道立てて考えること」(英語では reasoning )です。

これもあたりまえのことと拍子抜けするかもしれません(^_^;)

けれど、やはりこれは重要な視点です。実のところ殆どの人は、自分の動きを分析するという時に「どう動いたか」ではなく「どう動いたと感じたか」を評価基準にしてしまっています。けれど、前回考えたように、感じることは正確な基準にはなりません。

アレクサンダー自身は自分の動きを分析する時に鏡を使いました。感じ方ではなく、「実際にどう動いているのか」を視覚的に理解することを彼は選んだのです。

レッスンで教師が行なっているのは、言ってみればこの「鏡」の役割を担うことです。教師は生徒であるあなたが、(感覚に反して)自分が本当はどう動いているかに気がつくお手伝いをします。

教師の動きのガイドに従って新しい動き方を試してみると、自分の感覚と実際に起きている動きにはかなりの「ズレ」があることが分かるでしょう。

このズレがあることをまずは理解してください。

その上で、教師はさらにあなたが行いたいことに必要な「合理的な動き」を導き出す手伝いをします。ここで、生徒さんにも「筋道立てて考える」ということにしっかり取り組んでもらいたいのです。

「合理的な動き」は「正しいと感じる動き」ではありません。「正しいと感じる動き」は実際には理屈に合わない動きであることも多いのです。それどころか、合理的な動きは感覚的には「間違っていると感じる」動きでもあります。

アレクサンダーが唱えているのは「正しいと感じるけれど不適切な動き」の代わりに「間違っていると感じるけれど適切な動き」の方を選択しようということです。

この選択のために、感覚評価に頼るのではなくて、徹底して筋道立てて考えることがアレクサンダーのレッスンで体験してもらいたいプロセスなのです(^_^)

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